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「新開地には独自の持ち味や資源がたくさんある!」 山口一史さん

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プチ達人-山口一史さん
1941年、神戸生まれ。1964年、神戸大学文学部卒業後、神戸新聞社に入り、経済部長、論説委員、 情報科学研究所長。
(財)神戸新聞文化財団常務理事ののち、ラジオ関西常務を経て1999年から2003年までラジオ関西社長。
2003年9月にひょうご・まち・くらし研究所設立に参加し常務理事に。

新開地のここにラブ!

かつて、市役所も県庁も新開地にありました。当時、一定の勢力があった兵庫新聞もいまのボートピアのあたりに
あったんですよ。神戸の中心は新開地でした。それが、どんどん東のほうへ展開していき、新開地は神戸の都市
計画から取り残されていったんですね。
だけど、新開地は独自の持ち味や資源をたくさん持っていて、新開地でないとダメなものも多い。
それは、やっぱり100年の歴史があるからこそ。館長がセレクトした名画を上映するパルシネマのような映画館が
あるのも、かつて興行のまちだった新開地だからいい。大和屋ベーカリーのようなカウンター式のパン屋さんも
新開地ならではですね。
それから、路地や横丁が多いということも、このまちの魅力の1つです。
路地というのは、独特の面白さや発見、自分だけが知っているという特別なひいき感があるんですよね。

新開地との関わり

新開地を初めて訪れたのは1950年、私が小学3年生のころ、湊川公園が神戸博覧会の第2会場になっていたときでした。そのときは、大勢の人で前が見えないくらい賑わっていて、神戸タワーや、映画の看板をたくさん見たという記憶が残っています。その後、日本は高度経済成長期に入り、まちがどんどん整理され、きれいになっていきましたが、新開地はそのまま雑多な雰囲気を保ち、いつのまにか「行ってはいけない」と言われるような雰囲気のまちになっていきました。それでも、聚楽館のスケート場や映画には
行きましたよ。高校の時、友人が“お子様喫茶の”コトブキで女の子とデートしているのを先生に見つかって、
しぼられていたというような時代でした。
学生の頃は、新開地の近くでアルバイトをしていたのですが、新開地は川崎重工や三菱重工に勤める人たちの
通勤路でしたから、バイト帰りに新開地を横切ると、まだかなり賑わっていて、特に給料日は人でごった返して
いました。
いまもKAVCで何か催しがあるときなど、たまに新開地を訪れるのですが、いつもそのときのシーンを思い出します。

これからのファンへのメッセージ

まちを歩くのに、ぶらぶら歩きまわる散策型の方と、お店など目的地に向かってまっすぐ行く直線型の方がおられます
よね。商店街をまっすぐ歩くのもいいですが、横丁や路地にぶらっと入ってみてはいかがでしょう。
新しい発見に出会えるかもしれませんよ。
よかった時代の新開地を大切にしながら、現代風に花咲くようなまちになったらいいですね。

このお店にラブ!

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