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「新開地は、人がいっぱい、笑いがいっぱいのまち!」 津田喜代子さん

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新開地は、人がいっぱい、笑いがいっぱいのまち!津田喜代子さん
ホテルサンルート神戸、ホテルサンルートソプラ神戸の支配人を経て、2004年10月に
「ねこの手リザベーションセンター・つだきよ本舗」を開業。「神戸のビジネスホテルの会、
TOHの会(トーキングオブホテルの会)の会長として」神戸の観光施設・ホテルの支援を行なう。

新開地のここにラブ!

生まれも育ちも新開地やからね。本当に新開地が大好きなんです。
小さいときは、ここでよく遊びましたよ。湊川公園が遊園地みたいになっててね。
鬼の口にボールを投げるゲームとか、木馬とか、蛇使いもいましたよ。金魚すくいの腕を上げた
のも新開地。なんせ最高75匹で、わたしのボールはいつも真っ赤になっていましたから。
青空将棋をやっているおじさんたちが今でもいますが、むかしは、そこらじゅうで将棋をやっていました。
それからね、ここは芸人さんのまちやったから、まちで遊んでるとよく芸人さんを見かけましたよ。
中田カウスボタンとか、かしまし娘とか、フラワーショーとか。湊川レコード店には、小柳ルミ子や、
松坂慶子とか歌手も興行で歌いに来ていて、父と見に行きましたよ。
とにかく新開地は、人がいっぱい、笑いがいっぱいのまちでした。

新開地との関わり

もともと祖父母が新開地本通りの料亭の生まれで、お見合いだったんです。戦時中に疎開した後も
やはり新開地に戻ってきて、昔の住友銀行の隣、水木通1丁目で文房具屋を始めました。
両親も家業を継ぎ、私は新開地で生まれ育ちました。高校生の頃、住友銀行が駐車場をつくりたい
ということで、私の家は立ち退き、三木に引っ越しました。
その後、7年間新開地から遠ざかっていましたが、偶然、新開地のホテルサンルート神戸の
スタッフ募集が目にとまって、「これは新開地大好きの私しかいない」と思って応募、即採用され
独立するまでの17年間勤めました。サンルート神戸では、遠足のときにもらうしおりのような
新開地ガイドマップを手書きでつくって、客室に置いたりしました。大好きな新開地を、たくさんの
人にもっと知ってもらいたいですからね。のちにホテルサンルート神戸は閉鎖されてしまった
んですが、今でも遠方から友人が遊びにきたときは、必ず新開地を案内しています。
春陽軒の豚まん食べて、松涛庵の天ぷら蕎麦食べて、レトロな喫茶店でコーヒー飲んで、
「本当の神戸」を知ってもらってます。

これからのファンへのメッセージ

まちの人が自分で「ここはコワイまち」と冗談でも言ったらダメですよ。本当はそんなことないん
だから。新開地は、老若男女問わず全部の欲求が揃っているまちなんですよね。そのベースは、
今もまったく変わっていないと思います。
昔のいいところが今でも随所に残ってる。いま、そんな古き良き時代を思い出せるようなツアーが
出来ないかと考えてるんです。新開地が発展するためだったら、何でもしたいと思ってます。

このお店にラブ!

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