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「小さいながらも『物語』がある新開地の店の奥深さ!」林芳樹さん

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「小さいながらも『物語』がある新開地の店の奥深さ!」林芳樹さん
神戸新聞社会部を経て、現在、同論説副委員長として「正平調」を担当。
1980年からの3年を新開地に住んだ後、1年間にわたり食べ歩き、飲み歩きをしながら、
新開地の歴史を掘り起こす取材に携わる。
著書に『女義太夫一代‐豊竹団司じょうるり人生』(神戸新聞出版センター 1988)など。

新開地のここにラブ!

面白いまちって表通りがあって、その裏通りの路地が毛細血管みたいなもので、そこに「味」のある店が
点在しているから人はぶらつくんですよ。
以前から使いたくて、活字だと語弊があるから使えなかったのが「悪場所」っていう言葉。
「悪場所」とは江戸時代、芝居小屋と遊郭が対になった一体を指し、才覚ある芸能人が芝居をつくり風俗を
つくりだす、魅力を秘めた場所だった。悪い意味ではなく、中心部から少し離れて異色のにおいを漂わせる、
そういうちょっとおっかないけど魅力的な場所。まさに、それが新開地だと思うんです。
ヒヤヒヤもあって、ワクワクした楽しさが混在したら抜群に面白い。
新開地の魅力は「裏」にこそありますね。

新開地との関わり

社会部時代の昭和58~59年、新開地好きのカメラマンとともにまちの隅々まで歩いて歴史を聞いてまわり、
紙面で「素顔の新開地」という連載を行いました。そのとき、小さいながらもプライドを背負っている店が
新開地にいかに多く残っているかを改めて感じました。その証拠に、「元祖」「本家」と掲げている店が多い。
中でも印象深い一軒が、大正12年創業の今はなき串カツの名店『生駒屋』。間口一間ほどの小ぶりな屋台
にも、祖父の代から続く看板への自負がありました。
3代目のご主人は、「うちが神戸の串カツの元祖。とにかく、うちが一番古いんだ」って言ってました。
ある日、ビールと串カツを食べていたら、外車が横付けになって、すごくきれいなお姉さんがたくさん注文して
「また取りに来るから」って去っていったことがありました。
まちを取り巻く「粋」な空気が当時も残っていたんですね。
他のまちにはありえない、そんな「物語」を持っているというのが、新開地の一番の面白味です。

これからのファンへのメッセージ

味があって、面白い、小さな店が軒を連ねる新開地の裏通り。それでいて、おいしくて、お値打ちと
いうのが、このまちの特徴。大正時代は「10銭で遊べるまち」という謳い文句があったらしいですが、
「大衆」というのが新開地のDNAですもんね。
ふと考えたんですが、「大衆」というのは“すっとんとん”。つまり、中を洗いざらい見せて安心させる
のが「大衆」の極意なんじゃないかと思うんです。中華料理店だった頃の『春陽軒』は店が総ガラス
張り、『金プラ』も厨房が全部見えるし、『夫婦ぎょうざ』も目の前で皮を延ばしてつくる。裏を返せば、
何ら隠すことがないという自信の現れなんでしょうね。
新開地を衰えさせたら神戸の恥だと思います。これだけ歴史を重ねてきた場所はありません。
大袈裟かもしれませんが、文化資産ですよ。

このお店にラブ!

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