loading

神戸・新開地の魅力を新開地ファンがお届けする
新開地情報サイトです。

新開地ファン登録
メニュー
ホーム > 神戸B面ニュース > 『新開地寄席』が神戸新聞に掲載されました!

神戸B面ニュース

2012/12/09

『新開地寄席』が神戸新聞に掲載されました!

メディア情報

『新開地寄席』が神戸新聞に掲載されました!!

↓以下が掲載内容です。

 

——————————————————————–

〔神戸新聞 夕刊 2012.11.30付〕
新開地寄席 桂雀三郎が「高津の富」熱演
虚実両極のデフォルメ

 

富くじ千両の大当たりは「子の一三六五番」だった。

 

18日、新開地まちづくりスクエア(神戸市兵庫区)で開かれた
「新開地寄席」。トリの桂雀三郎が一八番の「高津の富」を
熱演し、会場は景気のよい噺に沸きかえった。

 

因州鳥取の豪商と触れ込みの男が大阪北、大川町の宿屋に投宿した。
大ぼらを吹いた成り行きで宿屋の亭主に、高津神社の富くじ1枚を
虎の子の一分で買わされるはめに。一文なしになってしまった。
この上は飲み食いして居続け、折を見てとんずらのほかなくなった。
だがなんと、この富くじが千両の大当たり。

 

雀三郎が描くこのほら男の豪快なこと。国許では千両箱を漬物の重しにしたり、
盗賊に入られると賊を蔵へ案内して千両箱を好きなだけくれてやったりしたとか。
しかし富くじが当たってからは打って変わって小心者に。
雀三郎ならではの虚実両極のデフォルメは見事だ。
この日は笑福亭竹林が「まめだ」をしっとりと、桂三金が「奥野君の選挙」、
桂團治郎が「つる」を好演した。

 

「新開地寄席」は新開地まちづくりNPOが2000年に始めた。年5回の開催。
雀三郎は当初から出演、キャスティングプロデューサーとしても尽力している。

この地は明治末から昭和半ばまで「東の浅草、西の新開地」と呼ばれ、芝居小屋、

映画館、演芸場がひしめく日本でも有数の興行街であった。

時は移り、この会場の山側約100メートルにあった神戸最後の演芸場
「神戸松竹座」も1976年に閉館している。

 

終演後の楽屋で、新開地への特別な思いについて聞いた。

 

雀三郎「私が雀枝から雀三郎へ改名したのが76年。改名を機に、当時出演していた
大阪新世界の新花月から、格上の神戸松竹座への出番が約束されたが、その年に突然の閉館。
残念な思いは断ち切れないでいた。以来四半世紀。その松竹座があったすぐそばで開席する
『新開地寄席』の相談を受け、一も二もなく応援を引き受けました」

 

次回は来年1月20日。出演は雀三郎、梅團治ほか。新開地まちづくりNPO 078.576.1218
(メディアプロデューサー・村上健治)